「セアの申し子」片平巧..死去 / 伊勢崎オート看板娘川上綾香卒業式 /

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2015年05月22日

「セアの申し子」片平巧..死去

オートレーサー片平巧さん急死、49歳 SG歴代2位15勝のカリスマ
オートレース界のカリスマ的存在として90年代後半を中心にトップクラスで活躍、高橋貢(20V)に次ぐ歴代2位、SG15Vを挙げた船橋オート所属の片平巧さんが20日、死去した。49歳。死因は明らかにされていない。埼玉県出身。通夜、告別式は親族のみで執り行う。 85年、20歳でプロデビュー。90年には日本選手権を完全優勝し、早くから非凡な才能を見せつけた。93年10月に導入された現在の使用競走車である「セア」をいち早く乗りこなし、ライバルを次々撃破。無敵のイン走法で95〜98年にSGスーパースターを4連覇するなど大活躍。“セアの申し子”と呼ばれ、98年にはグランドスラム(SGレース全制覇)を達成した。 しかし、01年1月にスーパースター5Vを達成してからはSG優勝から遠ざかり成績が下降。さらに、最近では出場予定のレースを直前で欠場するなど周囲も心配する不安定な状態が続いていた。腰痛に悩んでいたという声もある。それでも、今月9日開幕の地元船橋オートG1「第39回黒潮杯」では44日ぶりに実戦をこなし、初日から4、6着。成績こそ振るわなかったが元気な姿を見せていた。しかし、11日の3日目以降はまたしても欠場(理由は身体不良)。結果的に、このシリーズが片平さんのラストレースとなった。
http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2015/05/21/kiji/K20150521010384960.html


あまりに突然の訃報。

片平

片平選手の家族は本紙の取材に対し「片平は昨年の秋頃から私病で、医師の治療のかいもなく容体が急変し亡くなりました。ご心配をおかけして申し訳ありません」と闘病生活を明らかにした。(22日サンスポ)



90年代。「SG」の舞台では、本当に強かった。敵は雨だけだった時代が懐かしい

当時は、船橋オートのマスコット(ふなぼう?)を片平くんと勝手に呼んでいた私です。

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本場で見た、あの片平の走り・・「イン高速走法」 。
コーナーで煙を出しながらエンブレ効かせて角度つけて狭いインに入る走りはカッコ良かったな〜

イン高速走法

<イン高速走法>と呼ばれる片平の走りは、その走りを初めて目のあたりにした新人をして「絶対曲がれないというところを曲がっていく」と驚嘆させる。その感想を片平にぶつけてみると、「たぶんそれは技術の違いではなく、自分のイメージしている走りの違いじゃないかな。皆は(マシンを)寝かせて曲がろうとするけど、自分は起こして曲がろうとしているから」と、こともなげな返事が返ってきた。

島田の抑えるテクニックにどう片平が入るか?岩田の速攻に届くのか・・そして貢の台頭
あの時のオートレースは良かったな....

圧巻だったのは、今でも伝説に残る 1997年1月29日川口オート
「SG第11回スーパースター王座決定戦」。1人スーパーハンデの7車抜き

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これぞ『天才』の証明。片平巧、驚異の7人抜き。

29回顧

次の全日本選抜は島田と片平が10後ろに置かれましたが

10回

晴れではなく雨走路になり大敗。

2002年くらいかな?25期の永井が最重ハンで優勝した時

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「最重ハンデで勝てて、うれしい。外枠からでも片平さんに勝てるようにガンバリます。」

その永井の弟子が「永井の外枠でSGを勝つのが夢」とか言っていたのを思い出しますね・・

こんな強かった片平が届かないレースが続きどうしたんだろ?交通事故にあってメガネをかけ始めたりした影響か?とか本場ではささやかれていましたけど・・・

ずっとS級でトップクラスの走りをしていたんですが、全盛期がスゴすぎて・・・

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今のレース(レギュレーション)に対応するため、走法を変えて立ち上がりでグリップ開けて外回ってスピードを出すよな走りをしたりしていましたね・・
ここ最近でも、優勝戦で片平が優勝を狙える位置にいると、盛り上がりましたよ。

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2、3着で買っていても・・「おお片平!!」と叫んでいました(笑)

オートレース界の師弟関係を拒否し米国で腕を磨くなど、新人の頃からこの世界に新風を吹き込み続けている片平は、相変わらず哲学者のような風情を崩さない。(2000年Numberより)

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とはいいますが、もう、5、6年もうちょっと前になりますが、片平の師匠の板橋忍さんの経営する

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蕎麦屋に川口参戦の後よく立ち寄りましたが、その時、川口斡旋されていた片平を何度か見かけたことがあります。(最終日)

いつも奥さんと小さな子ども連れでしたね、師匠夫婦と仲の良い光景をみることができました。話しかけたりはしておりませんが(板橋さんは言ってくれれば巧(たく)ちゃんに言ったのに。とか言ってくれましたけどね)師匠と同じく穏やかな方でした。
聞き耳を立てるのを子供に気がつかれ、手を振られたのはいい思い出?かな(笑)

オートを始めた時に片平がいて、そして片平の走りに圧倒され・・興奮し、一喜一憂しながら...
今の今までオートレースを見続けていました。

点ではなく線で見続け考えていましたが・・なんとも言えない喪失感が....

全盛期の片平の走りを・・いや最期まで走りを見続けることが出来て私は幸せでした。
片平選手。ありがとうございました。在りし日を偲び、心よりご冥福をお祈りいたします。

片平 巧選手プロフィール
1965年(昭和40年)6月14日生まれ。埼玉県出身。身長 167cm 体重 51kg 血液型 A型神奈川県立百合丘高中退。日動振19期生として85年6月選手登録。同年8月、船橋オートレース場でデビュー。船橋所属。

senjya_taku G2初優勝はデビュー2年目の日刊スポーツ・さざんか杯。最強・島田信廣を破って全国区入りを決定した。SG初優勝は90年(平成2年)の日本選手権。25歳での快挙である。93年にエンジンが一斉にセアに移行してからの活躍はめざましく、 以後SGはV12。(12/17現在)94年にはオート史上初めて、年間特別または記念レースでの全場優勝を記録。(注1)
その年オートレース界で3人目の 1億円レーサー(注2)、そして2年連続賞金王、3年連続最優秀選手賞に輝く。97年にSGが2つ増え、その1つ東西CCを97年に制覇、SG全冠に王手がかかった。そして98年、残る オートレースグランプリも見事優勝し、史上初のSG全冠を達成した。

走りの特色としてコーナーからの立ち上がりが速く、攻めは自在。インからのたたき込みは強烈で、 独特のコース取りから「天才」との呼び声も高い。が、その陰には人の何倍もの 努力があった。

「練習量では絶対、人に負けない。同期が1回練習に行ったら3回行こう、整備にも 3倍時間をかける」という姿勢で、養成所時代にはそれ程速くなかった片平選手だが デビュー後めきめきと頭角をあらわす。

転機はデビュー3、4年目に訪れる。愛車の名前にもなっているキブロワイト氏との 出会いである。単身アメリカに向かい、当時オートレースと同じトライアンフ・エンジンを 使っていたダートトラック界のチューナー、キブロワイト氏の下でエンジンの知識から 乗り方、心構えを教わった。師匠や先輩達から教わることの多いオートレース界で、 外部の人間から教わるというのは異例のことで、これが後々財産となる。

雨が苦手なことでも有名で、優勝戦直前の雨に泣かされたこともしばしば。今後は雨走路の克服に期待したい。

*注1・・・伊勢崎・はやて賞(3/30)、飯塚・ダイヤモンド(8/30)、川口・全国地区対抗A級(9/7)、グランドチャンピオン(11/23)、 山陽・スポニチ杯(9/27)、浜松・日本選手権(11/7)、船橋・ウィンターカップ(12/8)
*注2・・・93年(平成5年)に島田信廣選手、岩田行雄選手が獲得賞金1億円を突破した。

片平ファンページ(閉鎖)より(1998) http://www.ops.dti.ne.jp/~aduki
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Posted by para080 at 14:37Comments(11)オートレース AUTORACE

2015年01月13日

伊勢崎オート看板娘川上綾香卒業式

去る 2009年11月14日 の伊勢崎オート中継登場から、
オートレース業界に予想以上の活躍と印象を残されてきた

伊勢崎オート中継アシスタントの川上綾香さん。

2015年 1/8(木)〜1/12(月)
伊勢崎オート 「ジャパンビバレッジ杯GI開場38周年記念シルクカップ争奪戦」
初日1/8日の中継OPにて突然の卒業発表。多くのファンが悲しんでいるところの
開催3日目に伊勢崎オート公式Facebookに前代未聞のアシスタントの卒業式の告知が

伊勢崎オートレース 【緊急告知!!】伊勢崎オート看板娘川上綾香卒業式開催!!
今開催最終日となる1月12日(月・祝)を最後に伊勢崎オートCSアシスタントを卒業することになりました川上綾香さんの「卒業式」を下記のとおり行います。
ぜひ本場にお越しいただき、川上さんに熱い声援をお願いします。

伊勢崎オートレース - タイムラインの写真  Facebook

日時:1月12日(月・祝) 10レース発売中場所:メインスタンド前特設ステージ
伊勢崎オートレース - 群馬県 伊勢崎市 - スポーツ・娯楽 | Facebook


伊勢崎本場の巨大ビジョンにも、「緊急」告知されまして・・・

緊急告知

えっ、伊勢崎オートの看板娘(笑)...いや、確かに「看板娘」ですよね・・

卒業式といいますと、去る2007年
浜松オートで 初代レースヴィーナス卒業式 がありましたが、

浜松07浜松08 

今は日写の常務執行役員である、津田勝司氏の素晴らしい口上を思い出したりしますけど・・・

最終日の10R発売中、なぜか本場にいた私はカワカミ☆さんの卒業式を生で観ておりました。

カワカミ00

残念?ながら袴姿ではありませんでした(笑)
なんといいますか、涙、涙の卒業式ではなく、カワカミ☆さんのキャラにあった?卒業式?

司会の井上英里香さんの「戻ってきてくれないんですか?」

竹内正浩副支部長というか元支部長の贈る言葉.....

8eeub

何故か大きくなった、キラット君...

8eeui

巨大ビジョンに流れる、「T.Y」からのメッセージ...

8eeuo

川上綾香さんへ
貴女がスタジオにきたとき、私はときめきました!
正直、下心ありました!
でも貴女はスタジオに、伊勢崎に、オートレース界に
明るさをもたらしてくれました!
残念で寂しいけど貴女のオートレース魂は
皆が受け継ぎます!
これからもアタック精神で頑張って下さい! 

T.Yより


もうなんといいますか・・

もちろん、素晴らしい式で、カワカミ☆さんの目に涙も...

カワカミさん

一ファンとしては寂しいですが、
オートレース業界から離れましても、ご活躍を期待しております。



※笑い声は私ではありません。

G汽轡襯カップ最終日の1月12日、伊勢崎オートCS放送アシスタントを6年間務めてくださいました川上綾香さんが伊勢崎オートを「卒業」いたしました。急遽開催されたにもかかわらず川上さんの「卒業式」には多くのお客様が集まってくださいまして、川上さんも感謝しきれないほどの喜びを感じてらっしゃいました。元気印「アタック川上」としてハイテンションでオートを盛り上げてくださる傍らで、開催日には朝早くからロッカーに入り、ひとりひとりの選手に対し丁寧かつ真摯に選手を取材する姿が印象的でした。今後は新しいフィールドでご活躍されることと思いますが、これからはいちオートファンとして伊勢崎オート並びにオートレースを見守っていただければ幸いです。 川上さん、6年間お疲れ様でした。そしてありがとうございました!

ayja
伊勢崎オートFacebook:1月13日 16:31