2010年04月08日

花月園競輪場(スーパーレース・閉場式)

最後の開催「花月園・ザ・ファイナル・vol・2(FII)」の3日目

花月園16花月園あすか

昭和25年、花月園遊園地跡地に開設され、数々のビッグレースも開催された、東日本屈指の競輪場

2010年3月31日。横浜・競輪花月園場。閉場。

去る1997年(平成9年)花月園競輪場 第9回共同通信社杯競輪(G1) 優勝、神山雄一郎



開催のPRのため、熱湯コマーシャルにキャンペーンガールがチャレンジしたことがありました
97年1月19日放送。花月園レースクイーン(松村涼さん・丸尾礼子さん)

1997年(平成9年) 第9回共同通信社杯競輪011997年(平成9年) 第9回共同通信社杯競輪02

世が世なら・・南関レディースのお姉さんが・・だったわけですが(笑)

南関ガールズ

参考
花月園競輪で旗振りをしていた私たちは『南関レディース』といいます。
南関レディースの話|てくてく ミカのブログ:2010-04-03

スーパージョッキーといいますと。滝澤正光と吉井秀仁でございますが
滝澤先生、ここで花嫁募集して、ミス日本の嫁さんGETは今も語り草でございますが

滝沢はビートたけしのテレビ番組に出て、冗談で「花嫁募集」をした。申し込みが殺到し、そのなかから本当に婚約者が決まり、来年4月結婚する。元ミス日本静岡代表という。
1987/12/25 朝日新聞夕刊より。

1984年、日本テレビ系で放送されていたスーパージョッキーのTHEガンバルマンというコーナーに吉井秀仁とともに講師役として出演。その際2人とも朴訥な姿勢が番組スタッフに受け入れられたのか、以後も1986年頃までほぼ1ヶ月に1回のペースで準レギュラー出演するようになった。ただ当時の滝澤は、収録日は拘束時間が長くなることを想定して、当日は早朝から10数キロ乗りこなすなど常に練習は欠かさなかった。
ちなみに滝澤が吉井とともに「先生」と呼ばれるようになったのはこの番組がきっかけであり、先生とは上述のガンバルマンの講師役ということにちなんでつけられた。
当時は2人とも独身だったことから、番組内で「滝澤、吉井両先生のお嫁さん募集」というコーナーが設けられたが、2人ともにこのコーナーをきっかけとして相手をみつけ(但し滝澤の場合、実際には出演中には見つからず、現夫人とは出演しなくなってから知り合っている)、結婚に至った。なお、1987年に挙行された正光の結婚式にはキューピット役ともいえるビートたけしが招待されている。
滝澤正光 - Wikipedia


そんな、準レギュラーだった吉井さんも打鐘で登場した、
「思い出の花月園イベント」花月園スーパーレース

スーパーレース01

花月園競輪場(33#)2010/03/31(最終日)
特別レース「花月園スーパーレース」(3周)先頭固定競走
曇: 風速 1.5m誘導:伊藤繁 打鐘:吉井秀仁

1番車 白石章    26期 神奈川 59
2番車 久保千代志 29期 北海道 57
3番車 白石章二   32期 神奈川 57
4番車 木庭賢也   33期 福岡   54
5番車 中野浩一   35期 福岡   54
6番車 池田猛    45期 神奈川 52
7番車 天笠真    48期 神奈川 48
8番車 山下泰裕   52期 神奈川 47
9番車 内林久徳   62期 滋賀   46

9内林−5中野−2久保
8山下−1白石−3白石
4木庭−7天笠−6池田

吉井さんスーパーレース02

動画を撮っていましたので、公開しておきます。
非常に見にくいのですが、雰囲気がわかっていただければですが



(1着、7.天笠。2着同着、4.中野・6.池田)

スーパーレース03

素晴らしいメンバー・レースでしたが、何で、伊藤克信を使うんだろう?
この人、選手の方は見ていても客の方は見ていませんから。

そして、最後の最後の閉場式。

さようなら花月園 30回の打鐘で60年の歴史に幕
横浜・花月園競輪場が60年の歴史に幕―。1950年、全国で39番目に誕生した東日本屈指の人気競輪場・花月園が3月31日、1万15人のファンに見送られ、閉場した。競輪場の廃止は2002年の西宮、甲子園(ともに兵庫県)、門司(福岡県)があるが、首都圏では1972年の後楽園以来。最後となった31日は中野浩一氏、内林久徳氏らによる「スーパーレース」やトークショー、選手会によるオークションなどが行われた。全レース終了後には、ファンにバンクを解放、「バンクウオーキング」で名残を惜しんだ。鐘が30回連打されると同時に、1万人を超えるファンがそれぞれの思いを胸にバンクに足を踏み入れた。バンク最上部や審判塔に登ったり、選手と記念撮影、残り1周半の合図の鐘を何度も何度も鳴らす。「何でなくなるんだよ」と叫ぶファン。午後4時55分、「蛍の光」が流されると一人、また一人と名残惜しそうに帰路についていった。
(2010年4月1日06時00分 スポーツ報知)


鐘が30回連打されると同時に、1万人を超えるファンがそれぞれの思いを胸にバンクに足を踏み入れた。

ところの動画も公開しておきます。雰囲気がわかっていただければ幸いです。



動画や写真はまだありますが・・これがこのブログでは最後の花月園関係の記事になります。

需要がなくても、私なりの花月園競輪へのレクイエムです。
サヨナラ・・花月園競輪場・・・

 
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