2009年03月02日

レーサー一家、土屋家の伝家の宝刀「出たら行け」

戸田競艇は、今開催は東京中日スポーツの冠が付いていまして

戸田競艇場 第41回東京中日スポーツ杯(2009/2/25〜2009/3/1)
戸田競艇オフィシャルサイト

東京中日スポーツの紙面でもいつもより扱いが大きかったわけですが

そんな優勝戦
戸田競艇場 第41回東京中日スポーツ杯
12R 優勝戦  H1800m  電話投票締切予定16:27 
1.木村光宏 38 香川51A1
2.堤  健一 42 神奈51A2
3.占部彰二 47 福岡49A1
4.土屋智則 24 群馬52A2
5.間嶋仁志 39 三重52A1
6.織田  猛 35 佐賀54A2

レーサー一家の血が騒ぐ 土屋全速攻撃だ
レーサー一家の土屋智則(24)=群馬のSがキレまくっている。
オート選手で父の栄三さんもSが速く、しっかりとそのDNAを受け継いでいる。
 土屋家の伝家の宝刀「出たら行け」の精神で全速攻撃を仕掛ける。
東京中日スポーツ3月1日より 一部引用。

そうかそうか・・・初めて聞きましたが・・ 土屋家の伝家の宝刀とは「出たら行け」なんですね〜そりゃ出れば行くでしょうが・・と思いながらも・・ そんな理由で、戸田競艇の優勝戦は、4枠(土屋)から流してみましたら

3連単はハズしましたが・・2連単2730円が的中したわけですが

2連単 4-2 2730 人気 11
3連単 4-2-6 15280 人気 55
3連複 2-4-6 3140 人気 15

toda

本当に出たら行ってましたし、強いレースでした。
ごちそうさまでございました。┏oペコ

そんな、レーサー一家の土屋さん一家と言いますと・・

土屋一家
2007年06月21日

父、土屋栄三(オートレース) 姉、土屋千明(競艇)弟、土屋智則(競艇)

で、ございますが、

父の栄三さん(ゴルゴ)のDNAを受け継ぎ、土屋家の伝家の宝刀「出たら行け」の精神。
を持つ、娘の土屋千明選手に3月3日からの 

JAL

G1第22回JAL女子王座決定戦 で期待と思いましたら・・あら出場しないんですね・・・

(注2) 選出除外者 スタート事故辞退期間中のため選出除外
登録第4225号 土屋 千明 (群 馬) 勝率 5.47 出場回数 222
競艇オフィシャルWeb:第22回女子王座決定戦 出場選出順位発表


住之江の第20回アクアクイーンカップ(2/9)で見せ場たっぷりの2着でしたから・・・と思っていましたが・・
そうなると、同期で(92期)の同じくオートレースのスタート巧者の鈴木辰己の娘
鈴木成美 選手に注目を・・・と思いましたら・・出場せず・・・

これは、困った訳ですが・・・そうなると、同期(92期)の元競輪選手、西村暢一(40期)の娘。
西村歩選手に注目しようと思ったりしました。

まぁ、非常に強引ですが・・
今の西村歩選手の調子だといいとこまで行けるような気もしないわけでもありませんので・・

それにしても、オヤジさんの元競輪選手、西村暢一(40期)は元気なんですかね?
 
三途の川から帰ってきた男のギャグ
(18年前の事故で危篤状態に陥りながらも、西村さんがカマしたこん身のギャグとは… )
「“ゲボッ”なんじゃ、こりゃーっ」  
松田優作バリのアクションをしたのは全盛期に強烈マーカーとして全国の選手を震え上がらせた西村暢一(大阪)だった。

一昨年、突然に大量吐血しバンクから姿を消した。18年前に大量輸血でウイルス性肝炎を患った西村さんは素知らぬ顔をしながら、選手生活を続けていたが病魔は着々とその体をむしばんでいたのである。それでもその後、頑張って数場所か走ったが、今年の3月に自ら選手手帳を提出し、27年間の選手生活にピリオドをうった。
 引き金となった18年前とは・・・。観音寺競輪場で落車し肝臓破裂、静脈破裂の重傷で3日間、意識が戻らない危篤状態が続いた。
 その時のエピソードとして本人にこう聞いたことがある。川の向こうにキレイなお花畑が見え人が立っている。よく見ると大好きだったじーちゃんだった。向こうに行きたい…だけど悩んだあげく「じーちゃん、明日は弟子の競輪学校の発表があるからきょうは帰るわな」こう言った瞬間に意識が回復したらしい。「アンタ、お帰り。この子、合格したよ」妻の真理子さんが、真っ赤な目を隠すように泣きじゃくる弟子の豊田の肩を叩きながら言った。声を発せない西村さんは筆談であることを伝えようとした。「オ○○コ・・・」このジョークに周囲は目を疑った。すぐに「ガ・ン・バ・レ」と訂正したが、弟子の豊田は涙を拭いながら「師匠がガンバレ」と突っ込んだ。この見事な吉本新喜劇ばりのボケとツッコミで駆けつけてくれたたくさんの人たちを安心させたのだった。
 この時の手術の時に約80名、1万2600ccの輸血が行われた。AB型の選手をはじめ、地域住民らの協力もあって一命をとりとめた西村さんは、わずか4カ月後に復帰。しかし、結果的にこの時の輸血で肝炎を患ったのも事実。「俺はたくさんの人に命を救ってもらった。あの時、輸血してくれた人たちと年賀状とかのやりとりがうれしくてたまらん」と今も笑いながらいう。
 おなかに残った巨大な傷跡は凄い。本人は「ベンツのマークじゃ!」と妙に気に入っているが、縫い目のギザギザなど三ツ矢サイダーのマーク?の方が似ていそうだが・・・。西村さんを語るにはコレ1回で絶対に無理なので次回パートIIを書きたい。
スポニチこんな人脈こんな話[2005年05月25日] リンク切れ
http://www.sponichi.co.jp/gamble/column/jinmyak/KFullNormal20050525118.html

パートII
まだまだあります“西村伝説”(競輪)
その子供らも大きくなった。娘の歩さん(19歳)は現在、競艇選手として活躍中。「当たり前と思っていました。父の無言の子育てかな」と、歩さんは笑いながら17歳でデビューする時に父の偉大さを悟ったそうだ。メチャクチャ、可愛い歩さんには、競艇界のアイドルスターになってほしい。
スポニチ Sponichi Annex ギャンブル こんな人脈こんな話:2005年06月09日


 
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