2006年04月18日

光市母子殺害 18日最高裁弁論

テレビ朝日の報道ステーションで 山口県光市の母子殺害事件
について何度も特集をしていますが。

気になりましたので、色々調べてみましたが・・。

被害者の夫の 本村 洋さんのある意味過激な意見に賛同してしまいます。

>刑があるからそれを求めるといってるわけで、
>死刑がないのに死刑にしろといってるわけじゃないんですね。
>終身刑だったら終身刑を求めますよ。とにかく一番重たい刑を求める。
>極刑を求めるといってるわけなんですね。


だから私は少年の死刑を求める
《事件は昨年四月十四日、山口県光市の新日鉄の社宅で起きた。
十八歳の少年が強姦目的に水質検査を装って本村洋さん(24)宅に侵入し、
抵抗する本村さんの妻、弥生さん(当時23)を絞殺し、遺体を凌辱した。
さらに泣き叫ぶ生後十一カ月の娘、夕夏ちゃんを床にたたきつけ、絞め殺した。
検察は死刑を求刑したが、山口地裁の判決は無期懲役。
その判決を聞いた洋さんは「少年を私の手の届くところに置いてほしい。私が殺す」
と絶句した。四月二日、光市に本村さんを訪ね、その心境を聞いた》
http://www.sankei.co.jp/seiron/koukoku/2000/ronbun/06-r3.html


裁判は、こんな事もありましたが、

母子殺害上告審弁論で弁護士ドタキャン…
元少年は1、2審で無期懲役の判決を言い渡され、
検察側が死刑を求め上告した。最高裁が弁論を開くことで、
無期懲役の判決見直しの可能性があった。

弁護側の公判先延ばし戦術に、本村さんは怒りを隠せなかった。「我々遺族7人も、仕事の都合をつけて(光市から)来た。法廷で被告人の権利を守ることが弁護人の公務であり、欠席は弁護活動の放棄。弁護士会は懲戒処分を検討して欲しい。弁論の準備ができないのなら、弁護人を引き受けないで欲しい」。安田弁護士が所属する東京第2弁護士会に抗議文を出す意向も示した。

さらに「浜田裁判長の任期が5月末だと聞いている。裁判長が代われば判決も変わると思っての引き延ばしだと思う。死刑反対の思想は自由だが、現実に刑法に死刑は明記されている。遺族としては極刑を望んでいる」。安田弁護士らが「死刑でも遺族の気持ちは癒やされない」と主張していることにも「余計なお世話。死刑の無意味さを訴えるのはいいが、犯罪防止のために取り組んでいることはあるのか」と批判した。
日刊スポーツ 2006/3/15/11:25 より一部抜粋。 (cache)

本日、最高裁弁論が行われるようです。

光市母子殺害、きょう最高裁弁論…欠席弁護士出席へ
山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われ、1、2審で無期懲役の判決を
受けた元会社員(25)(犯行時18歳)の上告審で、
3月14日の最高裁弁論に欠席した安田好弘弁護士(第2東京弁護士会)らが
17日、東京都内で会見し、18日の弁論に出席することを明らかにした。
(2006年4月18日0時6分 読売新聞) より一部抜粋。(cache)



正直、胸糞が悪い(公開されている)獄中書簡を読みましたが

普通の感覚の人間でしたら『罪と罰』や「異邦人」などを読むと
自分の無知、愚かさを実感し、罪を反省・・(永山則夫の様に)

と思いますが、差し入れした人もコレを期待したと思いますが
自分の罪を正当化する方に解釈するとは


ドストエフスキーやカミュでは難しすぎるなら・・・

私が、中学生か高校の時読んだ つげ義春 「ねじ式・紅い花」 の
解説 糸井重里さんの「無力を感じる力」 でも・・

「おまえが思っているほど、おまえはたいしたやつでじゃない」
この、何もかもをぶちこわしにしてくれるような最後のひと言を、
いまは誰も口にしなくなった。
幸いだったのか、不幸だったのか、いまはよくわからないのだが、
私自身を前に後に、右に左に動かした力は、いつでも
「おまえが思っているほど、おまえはたいしたやつじゃない」
というコトバのかたちをしていたように思う。(一部抜粋。) 


 

獄中書簡をすべて引用します↓


『誰が許し、誰が私を裁くのか・・・。そんな人物はこの世にはいないのだ。
神に成り代わりし、法廷の守護者達・・・裁判官、サツ、弁護士、検事達・・・。
私を裁ける物は、この世にはおらず・・・。
二人は帰ってこないのだから・・・。法廷に出てきてほしいものだ・・・
何が神だろう・・・サタン!ミカエル!ベリアル!ガブリエル!ただの馬鹿の集まりよ!』

 ドストエフスキー『罪と罰』を引用し、
『選ばれし人間は人類のため社会道徳を踏み外し、悪さをする権利がある』

(注)
「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」という独自の犯罪理論をもとに金貸しの強欲狡猾な老婆を殺害し、奪った金で世の中のために善行をしようと企てるも、殺害の現場に偶然居合わせたその妹まで殺害してしまう。この思いがけぬ殺人に罪の意識が増長し、発狂していく。
罪と罰 - Wikipedia

(死刑判決を免れ無期懲役判決が下ったとき)
『勝ったと言うべきか負けたと言うべきか?何か心に残るこのモヤ付き・・・。
イヤね、つい相手のことを考えてしまってね・・・昔から傷をつけては逃げ勝っている・・・。まあ兎に角だ。二週間後に検事のほうが控訴しなければ終わるよ。
長かったな・・・友と別れ、また出会い、またわかれ・・・(中略)
心はブルー、外見はハッピー、しかも今はロン毛もハゲチャビン!マジよ!』
 
(本村氏に対して)
『ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。
ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。
・・・でも記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし』

『知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。
だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。
ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、
私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君』

『オイラは、一人の弁ちゃんで、最後まで罪が重くて「死」が近くても
「信じる」心をもって、行く。そして、勝って修行、出て頭を下げる。
そして晴れて「人間」さ。オレの野望は小説家。へへ』

『犬がある日かわいい犬と出合った。
・・・そのまま「やっちゃった」、・・・これは罪でしょうか』

五年+仮で8年は行くよ。どっちにしてもオレ自身、
刑務所のげんじょーにきょうみあるし、
速く出たくもない。キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。
じゃないと二度目のぎせい者が出るかも』

  (面会に来た友人に対して、カミュの『異邦人』の主人公・ムルソーの事を)
『もろ俺ジャン!』とうれしげに語った。

(注)
1942年刊。殺人の動機を問われた主人公の、「太陽のせい」というセリフが有名。
主題は「不条理」。小説の中で死刑になります
異邦人 - Wikipedia

 
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