2006年01月25日

10円ラーメン 鉄人 草野光男のお店(誰?)

銀座通りをぶらりと歩いていましたら、こんなチラシを貰いました。

まぁ新橋1丁目の話ですが・・・。

tirasi

何々・・・らーめん1杯 10円  1/25 12:00 500食限定

・・・鉄人 草野光男のお店

「誰?」

私の周りも誰も知りませんでした。
そんな訳で、ちょっと調べてみましたが・・・・


結局よくわかりませんでした・・・。

まぁ、ネットが普及している時代にウソで鉄人は名乗らないでしょう
まぁ、ラーメンの世界では有名な方なんですかね?

まぁ・・10円ですから・・・うまい棒1本の値段ですから・・・
ラ・ピスタ新橋に行くついでに・・行ってみますか?

まぁ・・・お得な情報と言うことで・・・。

店

倒産からの再起支えたのは「ラーメン」と「人」
草野親子の「くるまやラーメン」(旧栄商事)は、メーン銀行である旧長銀の破綻の道連れにされた。旧長銀が破綻、国有化されたのは98年10月のことだが、その前年の97年には拓銀、山一証券、日債銀など、大手金融機関が次々に破綻、金融危機に陥った。旧長銀は8兆円もの巨額な公的資金を注入され、特別扱いされたが97年当時、事実上倒産していた。行員のモラルは著しく悪化、取引先から恥も外聞もなく貸し剥がしを行った。

 年間100店舗の出店で借り入れの膨らんでいた、草野親子の「くるまやラーメン」は、貸し剥がしの絶好のターゲットだった。そして、旧長銀は「くるまやラーメン」を計画的に債務超過にさせ、会社更生法を出させる上で、27歳の草野を社長に就けた。

 「メーン銀行の旧長銀から派遣されてきた破産管財人らが、会社から実印や株券を持ち出す時『銀行法に触れないのか!』と抗議したが、『訴えるなら訴えてくれ!』と開き直られた。今なら何らかの対策を打ち、会社の存続・再生を考える知恵があるが、あの時は何も分からず旧長銀の担当者の言うなりでした…

 当時、旧栄商事の売上高は260億円。ファイナンス会社など7社のグループ会社があった。草野は白紙委任状を2枚ずつ書かされた。

 こうして97年6月、東京地裁に会社更生法が提出され、草野親子の旧栄商事「くるまやラーメン」は倒産した。

 その結果、父光男は100億円、草野は50億円の個人保証債務を負った。

 「27歳で50億円の負債。普通なら終わっていました。けれど旧長銀が奪えないものがありました。それが親子2代のラーメン作りのノウハウと人脈です」

 預金も凍結されたが草野は、母の預金などあちこちから約100万円をかき集めて、足立区花畑の自宅で8カ月間かけて豚骨スープを開発した。草野親子に期待し、協力者も現れた。その中に父の友人の長沢純(元スリーファンキーズ)がいた。長沢はJR池袋駅前の当矢ビルのオーナーを紹介した。草野はそのビル一棟を月額100万円の格安価格で賃貸し、99年2月「東京豚骨ばんから」池袋本店を開業。ビルの3階に寝泊まりして、6カ月目に月商1500万円を達成した。

 今年、草野はタイの財閥がFCに加盟した関係で、バンコクに1号店を出店した。ラーメンの鉄人・草野光男のDNAは健在である。(ジャーナリスト・中村芳平)

■ くさの・なおき 1969年12月22日、東京都足立区生まれ。93年東海大学卒。父光男は「くるまやラーメン」(旧栄商事)創業者。福岡市の外食産業で2年間の修行を経て旧栄商事に戻り名古屋営業所長などを経て97年、27歳で社長に就く。97年5月会社更生法申請し倒産。98年に妻名義で会社設立、池袋に「東京豚骨拉麺ばんから」を開店。その後「味噌屋せいべえ」「東京スタミナホルモン」など展開。42店舗のチェーン店に。


Posted by para080 at 02:08│Comments(0)TrackBack(0)Edit
 
 参照リンクの無いTBはご遠慮下さい。コメントTBは、確認後表示する設定です。  
 公開されたくないご意見ご感想はその旨を添えて送信をお願いします。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/para080/50387921
     名前
     
     メール(webに公開されます。)
     
     URL
     
     コメント
     
       情報を記憶: